今年からマーティンソンに2プライが加わりました。
3プライだと目付けが450gもあるので、「真夏は着たくないよ~」
という皆さま方には、こちらの、同じフレスコの2プライ(280g)がお勧めです。
フレスコは1907年にマーティンソンによって商標登録され、
中でも3プライは、僕の中で思い入れがあります
こちらが、その登録商標の現物です。
八ダスフィールドのマーティンソン社を訪れた時、
皆さんに色々と教えて頂きました。
左から、デザイナーのハンナさん、取締役のゴードン氏、営業部長のジェーンさん
1900年代のアーカイブ(過去資料)を見せてもらったのですが、
その中に、確かに3プライフレスコがありました。
何と!100年前の生地見本です。
こちらは現在のフレスコを使ったお洋服で、只今仮縫い着付け待ちです。
出来上がる頃には、ちょうど良い季節になっている予定。
Oさん、3プライの次は2プライを是非!(笑)


サルトリア巡礼第一弾はフィレンツェです。
以前、ジャケットをお願いしたサルトリアで、2度目の訪問です。




イタリアでは当たり前のように、足踏みミシンが使われています。




ウールのコートの裏地にカシミアを使ったり、




笑顔のある環境の中から、どんどん素敵な洋服が生まれるんですね。




カセンティーノに使うファーも、
イタリアでは、型紙から作って「ス・ミズーラ」です。




技術者の中山氏と僕とでは見る観点は違いますが(笑)、
イタリア独特の雰囲気が生まれてくる理由を、技術者として感じてもらえたようです。


ご協力頂いた皆さま貴重なお時間を頂戴しまして、ありがとうございました。
お陰様で、楽しく有意義な時間を過ごさせて頂く事が出来ました。




今回の海外出張、
フィレンツェ初日9時から、
いきなりですが、プライベートで、
僕のジャケットの中縫をしてもらってきました。




2着目2度目の中縫で、
ほぼ、修正点が何もない状態です。
総裏でお願いしていたのが背抜きになっていたので、
表地に響く(見える)のが嫌で、その部分だけ修正をお願いした程度です。




いつ出来るのか分かりませんが、気長に待ちます。(笑)








ハッダースフィールドで週末を迎えたので、

中世の面影を残すヨークシャーの古都、ヨークにOneDayTrip!!


ここは日本で云うと京都のようなところで、

中心部は、古代ローマ~中世にかけて築かれた城壁に囲まれ、

城壁の全長(周囲)は5キロ程ですから、直径だと僅か1.5キロ程の小さな町(旧市街)です。





この町について、取引先に教えてもらったのですが、

英国史の縮図、と言うだけあって激動の歴史を歩んできたようです。

古代ローマ帝国が、イングランド島にまで勢力を伸ばした時代、

この地にローマ軍が要塞都市を作り、1~5世紀初頭まで駐屯が続いたそうです。



ローマ軍が撤退した後、

残された地元ケルト人が小国家を作ったそうですが、

北ドイツ・ゲルマン人の流れを汲むアングロサクソン人によって略奪されました。



その後さらに9世紀に入ってからは、

北方民族であるデーン人(ヴァイキング)によって侵略され、

続いて11世紀にはノルマン人(ヴァイキングの子孫)によって占領劇が繰り返されました。

そのためヨークの城壁内には、中世以来の町並みが綺麗に残っています。





そして、中世終期に栄えた羊毛産業によって繁栄期を迎え、

17世紀の内乱時代、ジョージアン時代、ヴィクトリア朝時代、そして途中、

産業革命による羊毛産業の衰退と木綿産業の繁栄を経て現代へと英国の歴史は流れます。



ちなみにヨークという呼び方は

9世紀のころ、ヴァイキングの襲撃によって、

この地がヴァイキング王国の首都として『ヨーヴィック』と名付けられ、

これが現在の呼び方、ヨークの由来になったようです。



バイキング・フェスティバル?で、

街のあちこちでフードフェアも開催されていました。

バイキングをパチリ!ヴァイキングの子孫なのか、凄かったですよ。





これは、ヨークミンスター(大聖堂)です。





馬車が、中世時代のイメージを掻き立ててくれます!





のぼってみました。旧市街(城壁内)が一望!

800年近く前の初期イギリス式、イギリス最大のゴシック建築!!





シャンブルズと呼ばれるエリアは細い路地が集まっていて、

ここには14世紀頃の建造物が、今でも当時の面影を残したまま佇んでいます。

ここはテーマパーク?と思ったら、なんと!当時の建物を修復しながら使い続けているそうです。





木は、伐採されるまで、

生きてきただけ時間をかけて朽ちてゆきます。

今の日本の住宅に使われる木は30年で伐採されるので、30年で、、(汗)

これらは何年前の、、日本の社寺建築でもそうですけどね。





地震の少ない英国では、

木造家屋が被害を受けることは少なく、

それに戦争(空襲)の被害もほとんどありませんでした。

それゆえに、日本と比べるのは無理がなくはないのですが、なにより

古いきは良し、変わらぬは良しとする英国人の歴史・文化、そのものではないかと思います。

我々日本人も、戦後捨て去ってきた物を取り戻すには、

英国に気づかせてもらう事が多くありそうです。





キャッスルミュージアムで見つけたボタンナップブーツです。

日本でも明治時代に、大塚製靴によって製造され、売られていたようです。





紳士服の起源、軍服です。

詳しいことは分からないのですが、

ボーア戦争以前(1902年)の物だと思います。





1日ヨーク散策を堪能した後、

氷点下と云うのに喉が渇いて、ヨークで夕食を。。

それが運のつき?暖房がガンガンに効いた電車で酔いもさらにまわり、

気づいたら次の駅まで、、氷点下13度!戻る電車は1時間後!仕方なしにまた、、

駅の構内にある、こんなバーで呑みました。(笑)

寒いからエネルギーを使うのか、さほど酔わないんですよね♪








英国ランカシャー州ネルソンにあるシャツ地メーカー、acorn(エイコーン)を訪ねてきました。
ヨークシャー州に隣接したランカシャー州はかつては綿業が盛んだったようです。
それについては話がそれるので、あとで書かせて頂くことにします。

エイコーン(Acorn)は以前から何度も取り上げてきましたが、
ここは今でも全コレクションが英国内で織り上げられている数少ないメーカーです。
トーマスメイソンやデヴィッドジョンアンダーソンも1991年に伊アルビニ傘下に入って以来、
生産拠点の殆んど(全て?)がイタリアに移ってしまっていると聞きます。
※織機のチューニングは英国時代から培われてきたものです。
工場の統合によって、現在のエイコーンには2ラインあり
このウェアハウスには、クラシックな36inch巾の全コレクションが収まっています。
少しトレンド寄りの60inch巾のクラシックシャーティングのウェアハウスは、別になっています。

各国から受けたオーダーは、即日この場でカットされて発送されます。
約800柄のコレクション全てが、
こうして、カットサンプルとしてストックされています。
サンプルは全て手作業で作られ、こうしてストックされています。
これは今まで見てきた毛織物でも同じで、全て1つ1つ手作業で行なわれています。
左から長男クリス氏、現社長のジョン・チャトバーン氏、次男のジョージ氏。
社長のジョン氏は、トーマスメイソンの幹部も務めた人です。
そしてエイコーンは、1975年にジョンのお父さんが
トーマスメイソンを辞めて作った会社です。
下の画像は、昔の木製シャトル(杼)です。
これは後で書こうと思っているジョンケイの『飛び杼(ひ)』と
深く関わりが出てきますが、今でも、こんなシャトルを使った低速織機で織っている、
綿の生地ってあるのでしょうか?毛織物の世界では今でも使われていますが、シャツでは聞いた事がありません。
ウェアハウスの中の、ちょっとしたディスプレイが洒落てます。
奥に見える貝は、貝ボタンの材料となる白蝶貝(二枚貝)で真珠の母貝です。
真珠で最も高価と云われるピーコック(孔雀)カラーに輝いているのが、見て分かります。
あっ、また話がそれるので、それについてはまたの機会に。(苦笑)
そうこうしているウチにお昼になり、
近くのレストランに、ランチを食べに連れて行ってもらいました。
夏になると、レストランの前は、ビアガーデンスペースになるようですね。
ポカポカしていたので、昼からBeer飲んでご機嫌でした。
戻ってきたところの〝1ショット〟ですが、ウェアハウスであって、
お店ではないので、エントランスは簡素です。
知らなかったら気付きません。
今回の訪問で、クオリティサンプルや、
今後の『クラシックシャーティング』の展開の事や、
その他にも、裁断前に湯のしした時に気になっていたニオイの事や、
その他にも、物創りに対する熱い思いなどを聞かせて頂け、収穫の多い訪問となりました。

帰り道、違う道から駅まで送って頂き、
途中、トーマスメイソンの旧社屋横を通って下さいました。
今は賃貸ビルになってしまっているようですが、建物は以前のままだそうです。
気持ちの良い道ですね。
今回の訪問は、ヘンリープール経由で実現しました。
ヘンリープールのサイモン氏、並びにFtiのFさん、ありがとうございました。
冒頭で触れかけたランカシャー州の綿業の件ですが、
18世紀末~19世紀初にかけて起こった英国の産業革命の発端は、
ランカシャー地方とされています。では何故ウェールズとか、他の地方ではなく、
ランカシャー地方だったのかを考えてみると、そこに面白い事実が見えてくるんですよ。

英国で産業革命が起こる前は、
工場制手工業(マニュファクチュア)が全盛で、
その主要な生産物は毛織物でした。ヨーロッパ人の服の材料は
毛織物が中心でしたから、その当時の彼らにとってはそれで良かったのです。

ところが、商売として考えた場合はそうではなかった。
当時のイギリスの貿易相手国であるアメリカやアフリカの国々では、
綿織物が中心に売れたので、インドから綿織物を輸入して売っていたのです。
でも、もっと儲けを得るために、英国は自国で綿織物を生産しようと力を入れ始めました。

そんな時、産業革命の最初の発明、ジョンケイの『飛び杼』が生まれました。
それを起爆剤に、高度な紡績機械も発明され技術はどんどん進歩し、
飛び杼から更に36年後、ジェームズワットの蒸気機関が誕生し、
機械制大工業が確立された、という歴史があります。

そしてランカシャーに話は戻りますが、
それらの発明は当然のように綿工業に適用される事になります。
当時ランカシャーには、マンチャスターという綿工業を中心とする工業都市があり、
そこでは原材料の綿花を輸入し、
綿製品を輸出するための貿易港の街、リバプールがありました。
それで、最初の産業革命の恩恵を受けて発展したのがランカシャーであり、
今では、ランカシャー州が産業革命の発祥地と言われている、こういった経緯からだそうです。



八ッダースフィールドから電車で30分程の距離にある

坂道の多い街、ブラッドフォードの駅から車で10分ほど郊外に走ると、

英国らしい質実剛健なコレクションで知られるベイトマンオグデンのウェアハウスがあります。

ここは英国地だけを扱う生地マーチャントで、マニアックなコレクションが多いです。

というか、それが英国では、一般テーラー向けでしょうか?(笑)





バンチ展開される生地は、全て湿度管理されて保管されています。





オーダーの都度、生地は要尺カットされ、日本に向けて発送され、

約1週間で、通関も済ませて手元(日本)に届きます





レギュラー展開されている生地以外にも、シーズン毎の打ち出しがあります。





ベイトマンは、今回が初めての訪問ですが、BUNCH(バンチ)展開されている生地以外にも、

色々と面白い生地が多く、今回もホップサック調の白いジャケット地や、

ハーフミルドのホワイトサキソニーも買い付けてきました。

裏地のコレクションも、色鮮やかに豊富です。





右が、初めてお会いするオーナーのコリンズ氏です。

ボルドーカラーのジャケットを選ばれるとは、やっぱりマニアックです。(笑)










早朝のジョンレノン空港(リヴァプール空港)です。

昨夜、スペインから深夜に到着し、空港内のベンチで一夜を過ごし、

いよいよ今からハッダースフィールドに向かうのですが、中々バスが来ませんでした。

やっと来たこのバスで、マンチェスターに向かい、そこから電車に乗って八ッダースに向かいます。





ロンドンから北に300km弱、ヨークシャー地方に広がる幻想的な朝靄を車窓に見ながら、

ローカル電車でたどり着いた、嵐が丘で知られるヨークシャーにある、

英国服地の聖地、ハッダースフィールドです。

3度目の訪問となります。





駅前のホテル(画像の右手前)に早朝チェックインし、

待合せをしていたF氏に出迎えて頂き、朝食後ハッダースの町へ出ました。

そして今日の午後は早速お世話になっているベイトマンOgdenに向かうのですが、その前に、、





いきなり見たものは!

アウディ初の量産ミッドシップエンジン搭載の

プレミアムスポーツカー、日本でも話題の〝アウディR8〟でした。





このBar、駅の構内にあるバーですが、

実は、この初日の翌日、LEEDSからハダスに帰る電車を乗り過ごして、

目が覚めて降りた駅構内のBarなのですが、このBarがあったお陰で、氷点下の駅で、

1時間、外で待たずに、引き返す列車に乗れました。(汗)

でも何故か、店内のお客さんは列車には乗られず、どこへ行かれたのやら。。





StrongBowは、Beerというよりサイダーです。
仕事中も、昼夜と飲み続けた八ッダースの4日でしたね。(笑)

仕事が終わって飲んで帰った後も、買って帰って飲んでいたお気に入りでした♪










建築を見て歩いていると、カタルーニャ音楽堂を過ぎて、

偶然にも結婚式と遭遇しました。





ブラックスーツの方はいらっしゃいません。

皆さん、ダークスーツ(ミッドナイトブルーやダークグレー)です。





ラテンっぽい?ベロアとエナメルのコンビシューズが個性的。





女性もゴージャスな装いです。





少女たちも〝妖精〟のようです。





唯一見掛けたブラックスーツは、極太シャドーでした!

右の女性のヒールが、ヌーディーで素敵です。





こちらもまた、ベロアとレザーでデザインされた靴。

その左奥の女性のサンダルも、光モノ系、

宴の席では華を添えてくれます。





日本では見かけない風景にうっとりしました。

この写真から、何かインスパイアを受けてもらえると嬉しいです。






これサグラダファミリアに次いで有名ではないでしょうか?

ガウディ建築については、以前にコテコテと書いていますので、今回はサラッと。



20世紀の初頭、ミラ夫妻の依頼によって建てられた、この超高級な集合住宅(マンション)は、

現役の世界遺産で、実際に住んでおられる方もいらっしゃるそうです。





中に入って、エントランス方向を写しました。

全ての造形が有機的で、まるで生きているような気がします。





中庭は外部に吹き抜け、庭を取り囲む壁面や階段にも曲線が使われています。





バルセロナの目抜き通り、グラシア通り沿いに普通に建っています。

溶け込みすぎて、通り過ぎてしまいそうです。不思議です。





カーサ・ミラの屋上から、サグラダファミリア大聖堂が見えます。





バルセロナが凄い街だって思えるのは、

こうした建造物(芸術作品)が、街の風景に溶け込んでいるから。

後日また紹介させて頂きますが、町の北の外れ(丘の上)にあるグエル公園なんて、

世界遺産である公園が今でも普通に、市民の憩いの場となっているんです。






今回見た中で最も印象的だったガウディー建築〝カーサ・バトリョ〟です。

見た目のインパクト(表面的な事)ではなく、

最も人間との関わりを感じた設計(内面的な事)だったからです。





ピカソにしろガウディにしろ、その奇抜さから、

ついつい、見た目で好き嫌いが語られがちなのですが、

表面的ではなく、どうして彼等がそんな表現をしたのか考えてみると、

もっともっと深いものを感じる取る事ができて、とても面白いと思うのですが、、



このカーサ・バトリョも、ガウディがどれほど住む人の立場で考えて設計したか、

それが見えてくると、単なるデザインだと思っていたガウディ建築が、

現代の〝エルゴノミクスデザイン〟に通じるものであり、

またそれが、有機的な機能美(芸術)だと言われる所以だという事にも気付くと思います。





全てが高次元に、そしてハイセンスにまとめられています。

余りの衝撃に見入ってしまって、写真すら撮り忘れました。(苦笑)

数あるガウディ建築の中で、僕が今回最も衝撃と影響を受けたのがカーサ・バトリョでした。